飛鳥時代と言えば聖徳太子
天智天皇(中大兄皇子)、天武天皇(持統天皇)、聖武天皇、桓武天皇、と、覚えなければならない天皇の名前が多くて、誰が何をした人か大変です。
教科書を読んでいても、なかなか覚えらません。
そこで、教科書に出てくる内容について表にしてみました。完璧とは言えませんが、参考にはなると思います。
| 飛鳥時代(古墳時代) | 593 | 聖徳太子 蘇我氏(馬子、蝦夷、入鹿) | 大王(天皇)中心の政治、冠位十二階、十七条憲法、607遣隋使(小野妹子)、630第一回遣唐使を送る | 飛鳥文化 | 法隆寺、法隆寺金堂釈迦三尊像 | ||
| 645 | 中大兄皇子(⑤天智天皇)、中臣鎌足(藤原鎌足) | 公地・公民、権力を天皇家に集中(大化の改新)、 | 初めて全国の戸籍をつくる(天智天皇) | 難波宮(大阪府)645~655、大津宮(滋賀県)667~672 | |||
| 663 | 年白村江の戦い | 唐と新羅に負ける | |||||
| 672 | 壬申の乱(天智天皇の後継者問題) | 天智天皇の子大友皇子と天智天皇の弟の大海人皇子(天武天皇)の争い | 中国にならった律令、都、歴史書、飛鳥地方 | ||||
| 701 | ⑥天武、⑦持統、⑧文武天皇時代 | 大宝律令、律令国家、貴族、遣唐使を送る。持統天皇(天武天皇の后)藤原京を完成 | 班田収授法(口分田) | 藤原京(飛鳥)694~710 | 富本銭 | ||
| 奈良時代(710~794) | 710 | 元明天皇(げんめいてんのう)は都を藤原京から平城京へ遷し | 和同開珎、地方には国司が派遣され、地方の豪族が郡司となる、福岡には太宰府がおかれた。宮城県多賀城で政治・軍事 | 口分田、租(稲)庸(布や労役)調(絹など特産物)、雑徭、兵役(防人)、良民、賎民、奴婢(奴隷)723三世一身法、743墾田永年私財法、荘園 | 平城京 (710~784 | 天平文化 | 東大寺正倉院、東大寺、興福寺(藤原不比等)、唐招提寺(鑑真) |
| ⑪聖武天皇。光明皇后 | 東大寺、国ごとに国分寺、国分尼寺 行基や鑑真の僧 | 難波宮(大阪府)744~755 | 古事記、日本書紀、風土記、万葉集 | ||||
| 平安時代(794~1192) | 784 794 | 桓武天皇は784年に長岡京(京都)794年に平安京(京都)に遷都 | 征夷大将軍の坂上田村麻呂が東北地方で活躍 | 長岡京 (784~794) 平安京 (794~1869) | 最澄(真言宗、比叡山に延暦寺)、空海(天台宗を高野山の金剛峯寺)菅原道真の提案で遣唐使廃止894 | ||
| 藤原道長 藤原頼道 | 摂関政治(摂政、関白) | 租庸調から※を納める税制に変更、税の取り立ては国司が行う | 国風文化 | 仮名文字、古今和歌集(紀貫之)、竹取物語、寝殿造、枕草子(清少納言)、源氏物語(紫式部)、浄土信仰、平等院鳳凰堂、大和絵、絵巻物、中尊寺金色堂 | |||
| 939 939 1086 1051 1083 | 平将門の乱 藤原純友の乱 白河上皇の院政 前九年合戦 後三年合戦 | 将門は桓武天皇の血筋を引く | |||||
| 奥州藤原氏 | 平泉(岩手県)の中尊寺金色堂 | ||||||
| 1156 | 保元の乱 | 後白河天皇に味方した平清盛・源義朝が勝利 | |||||
| 1159 | 平治の乱 | 平清盛が源義朝に勝利 | |||||
| 1167 | 平清盛 | 太政大臣 | 日宋貿易 | 厳島神社 | |||
| 鎌倉時代(1185~1333) | 1185 | 平氏が滅ぶ | 壇ノ浦の戦いで源義経が平氏を倒す | 守護と地頭を置いて、源頼朝が鎌倉幕府を開く | 鎌倉文化 | 東大寺南大門の再建、運慶作の金剛力士像、新古今和歌集、鴨長明の「方丈記」「平家物語」琵琶法師、「平治物語絵巻」の絵巻物、兼好法師の「徒然草」法然の浄土宗、親鸞の浄土真宗、一遍の時宗、日蓮の日蓮宗、禅宗として栄西の臨済宗、道元の曹洞宗。二毛作、定期市 | |
| 1192 | 源頼朝 | 征夷大将軍になる | ご恩と奉公(御家人) | ||||
| 北条時政 | 執権政治 | ||||||
| 1221 | 後鳥羽上皇 | 幕府に兵をあげ承久の乱で負け、隠岐に流された。京都に六波羅探題を置いて朝廷を監視。 | |||||
| 1232 | 北条泰時 | 御成敗式目で政治の判断の基準を定めた |


コメント