与謝野晶子さんを皆さん知っていますか。この名前を歴史の学習で聞いたことがあると思います。
君死にたまふことなかれ
著者:与謝野 晶子
ああ、弟よ、君を泣く、
君死にたまふことなかれ。
末に生れし君なれば
親のなさけは勝りしも、
親は刄をにぎらせて
人を殺せと教へしや、
人を殺して死ねよとて
廿四までを育てしや。
堺の街のあきびとの
老舗を誇るあるじにて、
親の名を継ぐ君なれば、
君死にたまふことなかれ。
旅順の城はほろぶとも、
ほろびずとても、何事ぞ、
君は知らじな、あきびとの
家の習ひに無きことを・・・
与謝野晶子を調べると、
与謝野 晶子 (1878-1942)
晶子さんは大阪生まれです。詩人です。堺女学校卒業。明治32年(1899)関西青年文学会に参加しました。明治33年(1900)与謝野鉄幹の東京新詩社に参加し、『明星』誌上に短歌を掲載しています。鉄幹と恋愛関係となり上京しました。34年(1901)8月『みだれ髪』を発表、反響を呼びました。明治34年鉄幹と結婚しました。その後も日本浪漫主義を代表する歌人として多くの歌集を発表しています。日露戦争の際発表した詩「君死にたまふことなかれ」もを書いています。『源氏物語』の現代語訳を書いています。大正10年(1921)文化学院の創立への参加、婦人問題・教育問題への積極的発言など、短歌以外にも幅広い分野において活躍した女性です。


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